草の森大冒険

ナンセンスの大家、草森紳一の書庫「任梟盧」を冒険します。

歌よみに与ふる書

少し前になるが正岡子規のこの書をじっくり読んだ。
子規の歌や俳句についての考えが、先鋭的に書かれていて、非常に面白く読めた。万葉集源実朝、橘曙覧を主に賞賛しているのだが、藤原定家紀貫之古今集の批判等、正に怖いものなしの子規である。
ここでは、主なところを引用してみたい。

定家以後歌の門閥を生じ、探幽以後画の門閥を生じ、両家とも門閥を生じたる後は歌も画も全く腐敗致候。いつの代如何なる技芸にても歌の格、画の格などといふやうな格がきまったら最早進歩致す間敷候。

歌は感情を述ぶる者なるに理屈を述ぶるは歌を知らぬ故にや候らん。

嘘を詠むなら全くない事、とてつもなき嘘を詠むべし、しからざればありのままに正直に詠むがよろしく候。

小さき事をおおきくいふ嘘が和歌腐敗の一大原因と相見え申候。

一般的にいへば、歌は倫理的善悪の外に立つ処に妙味はあるなり。俗世間の渦巻く塵を雲の上でみてをる処に妙味はあるなり。倫理は徒に善を勧め悪を懲らす傍にありて、歌は善とも悪ともいはず、ただかくの如く愉快にかくの如く平和なる場所あることを黙示するなり。

和歌は長く上等社会にのみ行はれたるがために腐敗し、俳句はとかく下等社会に行はれやすかりしため腐敗せり。われらは和歌俳句の堂上に行はるるを望まず、和歌俳句の俗間にて作られん事を望まず、和歌俳句は長く文学者の間に作られん事を望むなり。

歌よみに与ふる書 (岩波文庫)

歌よみに与ふる書 (岩波文庫)